月は山よりいでて山をてらす、わざわい (禍)は口より出でて身をやぶる・さいわい (福)は心よりいでて我をかざる
ぜに(銭)と云うものは用に・したがつて変ずるなり、法華経も亦復(またまた)是くの如し、やみには燈(ともしび)となり・渡りには舟となり・或は水ともなり或は火ともなり給うなり、若(も)し然らば法華経は現世安穏(げんぜあんのん)・後生善処(ごしょうぜんしょ)の御経(おんきょう)なり
我等末法濁世に於て生を南閻浮提大日本国にうけ・忝(かたじけな)くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に唱へ心に信じ身に持ち手に翫(もてあそ)ぶ事・是れ偏(ひとえ)に過去の宿習なるか
臨終已に今にありとは知りながら我慢(がまん)偏執(へんしゅう)・名聞(みょうもん)利養(りよう)に著(じゃく)して妙法を唱へ奉らざらん事は志の程・無下にかひなし
日蓮は日本第一の法華経の行者蒙古国退冶の大将為り「於一切衆生中亦為第一」とは是なり
無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前(さき)とす安楽行品のごとし、邪知・謗法の者の多き時は折伏を前(さき)とす常不軽品のごとし
南無妙法蓮華経と申せば南無阿弥陀仏の用も南無大日真言の用も観世音菩薩の用も一切の諸仏・諸経・諸菩薩の用皆悉く妙法蓮華経の用に失なはる、彼の経経は妙法連華経の用を借(から)ずば皆いたづ(徒)らのもの(物)なるべし
此の三大秘法は二千余年の当初(そのかみ)・地涌千界の上首として日蓮慥(たし)かに教主大覚世尊より口決相承せしなり、今日蓮が所行は霊鷲山の禀承(ぼんじょう)に芥爾(けに)計りの相違なき色も替らぬ寿量品の事の三大事なり
我が身は天よりもふらず地よりも出でず父母の肉身を分(わけ)たる身なり、我が身を損ずるは父母の身を損ずるなり
伝教大師の云く「讃する者は福を安明に積み謗ずる者は罪を無間に開く」
小罪なれども懺悔(ざんげ)せざれば悪道をまぬがれず、大逆なれども懺悔すれば罪きへぬ
一切の事は父母にそむき国王にしたがはざれば不孝の者にして天のせめをかうふる、ただし法華経のかたきに・なりぬれば父母・国主の事をも用ひざるが孝養ともなり国の恩を報ずるにて候
大智・舎利弗も法華経には信を以て入る其の智分の力にはあらず況や自余の声聞をや
一をもつて万を察せよ庭戸(ていこ)を出でずして天下をしるとはこれなり
夫れ以(おもんみ)れば此の妙法蓮華経は一代の観門を一念にすべ十界の依正を三千につづめたり
此の法門のゆへには設(たと)ひ夫(おとこ)に害せらるるとも悔ゆる事なかれ、一同して夫の心をいさ(諫)めば竜女が跡をつぎ末代悪世の女人の成仏の手本と成り給うべし
日月は東より出でさせ給はぬ事はありとも・大地は反覆(はんぷく)する事はありとも・大海の潮はみちひぬ事はありとも、破(われ)たる石は合うとも江河の水は大海に入らずとも・法華経を信じたる女人の世間の罪に引かれて悪道に堕(お)つる事はあるべからず
月はいみじけれども秋にあらざれば光を惜む・花は目出(めでた)けれども春にあらざればさかず、一切・時による事なり
一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり、竜樹・天親・知つてしかも・いまだ・ひろ (拾)いいだ (出)さず但我が天台智者のみこれをいだ (懐)けり
日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり
日本国の男は提婆がごとく・女は竜女にあひに(似)たり、逆順ともに成仏を期(ご)すべきなり・是れ提婆品の意なり
日蓮は少(わかき)より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり
生を此の三界に受けたる者苦を離るる者あらんや、羅漢(らかん)の応供(おうぐ)すら猶此くの如し況や底下(ていげ)の凡夫をや、さてこそいそぎ生死を・離るべしと勧め申し候へ
金(こがね)はやけば弥(いよいよ)色まさり剣(つるぎ)はとげば弥(いよいよ)利(と)くなる・法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる
釈迦・多宝の二仏と云うも用の仏なり、妙法蓮華経こそ本仏にては御座(おわし)候へ
儒家の孝養は今生にかぎる未来の父母を扶(たす)けざれば外家の聖賢は有名無実なり、外道は過未をしれども父母を扶くる道なし仏道こそ父母の後生を扶くれば聖賢の名はあるべけれ
女人となる事は物に随つて物を随える身なり夫(おとこ)たの(楽)しくば妻もさか(栄)ふべし夫(おとこ)盗人ならば妻も盗人なるべし
去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に安房の国長狭郡(ながさごおり)の内東条の郷・今は郡(こおり)なり――此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして午(うま)の時に此の法門申しはじめて今に二十七年・弘安二年太歳己卯なり
仏法は王法の崇尊(そうそん)に依つて威を増し王法は仏法の擁護(おうご)に依つて長久す
法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さき(魁)がけしたり、わたうども(和党共)二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝(す)ぐれ天台・伝教にもこへよかし